12/15/2008

映画館のこと

全然映画館で観ていない。もっぱら家のテレビで、映画専門チャンネルが流すものを選んで観るのみ。最後に映画館で観た時期/作品すら覚えていない。うーん、映画ファンとは言えないなぁ。

やはり気軽に行ける所に映画館がないのが、足を運ばなくなった大きな理由だ。私の映画経験形成期というのは長岡で育った十代の頃で、当時は徒歩10分圏内に洋画だけでも複数の劇場があったのだ(現在はゼロ)。そしてテストあけや休日に、ふらりと観に行ったのだ。
この「ふらり」というのが私にとっては大切で、「映画でも観るかな」「映画観たいな」という気分になった時に30分以内に劇場の椅子に座れるってのがいいのだ。気軽さ。これが大切。
それから、映画館に到着した時に映画が始まっていたとしても、別の選択肢があるというのも大切。「こっちはもう中盤だから、あと10分で始まるあっちにしようか」と、作品を選べること。30年前は長岡でもこれは可能だった。今は東京くらいか?シネコンなら地方でも可能だろうか。


こんなことを風呂に入りながら思い出していた。あがると最も長い付き合いの友達からメールが入っていた。彼女の話題も映画で、しかも私がすっかり忘れていた中学1年の頃の出来事が記してあった。
私たちが中学1年の時「タワーリング・インフェルノ」が公開された(らしい)。あの頃、ポール・ニューマンのファンだったことはよく覚えている。で、私は彼女にこう言ったのだそうだ。
「今度の中間テストで全部90点以上を取ったら、お母さんに『タワーリング・インフェルノ』に連れて行ってもらうの」
・・・恥。嗚呼、物を餌にして勉強させたりってダメじゃんと思っていたのに、自分もそのように育っていたのかと。しかも、そんなことを友達にしゃあしゃあと話す馬鹿であったかと。甘い母親であったから全部90点でなくても映画は観たはずである。というより、母親自身が観たかったのだろう。しかし、全く記憶の欠片もない出来事を教えてもらい、かなり己の十代を美化していたことに今更ながら気がついたのであった。

タワーリング・インフェルノ、もう一度観たい。