3/31/2011

避難所にて

国立青少年自然の家スタッフによるブログ(毎日更新)

まだ雪の残る自然の家

毎日のように午後はプログラム開催
社会福祉協議会にボランティア登録したら連絡が来て行ってきた。3人で活動。まずは市役所で市民から集まった救援物資の仕分けとゴミの分別。すぐに終わる。その後、自然の家に消耗品(トイレットペーパー、ティッシュ、シャンプー類、石鹸、洗剤)を運搬し、現地で物資の整理整頓作業。そんな作業の合間に、物資を取りにこられた方と言葉を交わしたり、見聞きし感じたことを少し。


物資、情報を集約・管理する部屋が設けられ、妙高市の職員と避難者の中から有志の方が詰めておられた。最初、避難者の方は行政の人だとばかり思っていたが、全く違っていた。50代と思しき男性がリーダーとなり、きめ細やかな運営をされている。きっと会社でも仕事のできる管理職なのではと思った。

約150名を9か10の班に分け、班長を置き、情報の連絡や共有、掃除の分担をされていた。この組織化は避難所到着直後からとのこと。

消耗品、衣類などの物資は十分にあった。避難生活が長くなってくると、これまでの「とりあえず着れればいい」ではつまらないかもと思った。
生活必需品は潤沢にあるが、ちょっと生活に潤いをもたらすようなものはさすがにない。欲しいものも千差万別だろうから難しいところもある。自然の家は山の中に立地し、商業施設までは遠い。バスで来られた方は足がない。この点については、前の避難所、妙高メッセの方がよかったようだ。徒歩圏内に商店街があった。


市民活動支援センターが中心となり、余暇活動の時間割ができていた。2枚目の写真「妙高タイム」。いった日は歩くスキーとさおり織り体験が予定されていた。
指導者は地元の人で知った顔が数名。inacの学生さんも数人来ていた。

子どもたちはそれぞれ仲良く遊んでいた。外にカマクラを作るといって出ていった男児。帽子も手袋も長靴もレンタルだ。帽子は救援物資の中にあった「農協」マークの入ったキャップ。ニット帽はなかったのだ。
女児が救援物資の棚でノート類を見ていた。可愛らしい絵の書いてあるものを選んでいる。色鉛筆やクレパスが数は少ないがある。幼児が卓球台をテーブルにして塗り絵をしていた。中学生は体育館でドッチボールをやるといっていた。
タオルを選んでいる女児。色が鮮やかなものや、可愛いイラストのついたものを探している。 ちょっと可愛い物で気持ちは和む。


詳細はわからぬが、毎日のように子どもたちには学習タイムが設けられていた。自然の家の職員はほとんどが学校の先生なので、勉強をみてあげているのだろうか。聞き忘れた。
6日から子どもたちは妙高小、妙高中へ通うとのこと。友だちができて勉強が始まれば、また少しは元気になるだろう。


午後になってハローワークの求人綴りが設置された。分厚いそれをかがみ込んで繰る男性たち。


高田の観桜会への希望を募る紙があった。どこかでは花見自粛せよと言っている人もいるが、花を見て気分を少しでも楽にしてもらいたい。しかしこの寒さで4月中旬に開花するのか心配。


避難所生活2週間過ぎると、QOL の向上が必要と感じた。