9/09/2009

こどもに任せてみる

小学4年から大学まで部活動は水泳だった。小中は教員が指導に当たったが、高校は生徒の自主運営。大学では、練習メニューを考えるのも運営も学生という環境だった。

自分が公立中学の教員になり部活動を受け持つ事になった時、高校大学の7年間の印象が強く残っていて、生徒の自主運営を目指した。しかしそう簡単にはいかず、自分自身の中学時代も教員の指導の元でやっていたのだから、少々理想が高かったと考え直して方針変更する。



3年目だっただろうか。部員をまとめるのがとてもうまい生徒がいた。水泳選手としても優秀。その生徒と相談し、その人を前面に出す事にした。練習メニューもその生徒を中心に、自分達で考えさせた。私はプールサイドで安全管理と施設管理、リーダーの相談役に徹した。

若い教員は自分の出番がないと寂しく感じるものだ。教員中心の部では部員が顧問を訪ねて教務室に来たりする。「せんせーせんせー」といわれている同僚の姿を見るとちょっとだけ羨ましくもあった。私のところには「早くプールサイドに来てください、練習が始められません」と呼びにくるだけだから。


しかし、結果それでよかった。
まず活動への出席率があがった。リーダーの生徒の人柄のよさから、その生徒や仲間と過ごしたいと思うようになったのだ。昼休みに行っていたプール更衣室の清掃もさぼりがいなくなる。活動の肝ともいえる泳法指導も上級生が行うようになった。初心者指導もやりはじめ、本当に私の出番はなくなった。

そして、市内公立中学30校以上が参加する大会で見事優勝。リレーで関東大会にもいったのだ。部員間の仲の良さはいうまでもない。休日には自分達で相談して遊園地に行ったりしていたようだし、休み時間も学年を超えて集まっては談笑している姿をよく見かけた。



10年の教員経験でこれは特別な事例だとは思う。その後、別の学校では教員中心の指導態勢に戻ってもいる。上記の生徒のような逸材がいたからできた事かもしれない。

しかし、任せてみればできる。任せる範囲を見定めて、大人がひとつ、ふたつ手放していくと、ふたつ以上のものを任せられるようになっていたりする。それは両者にとってとても楽しいことなのだ。

20代のときの上記の経験が、今も私のベースにあることは間違いない。よかれと思って大人が先回りすることは、ちっとも「よい」ことではないと思っている。自分で考えて、悩んで、試行錯誤する経験の中で自分のものとなっていく。そこでつかみ取ったものは与えられたものより遥かに大きく強い。